青軍のふたりのはなし

「行こうか、プラム」

おれにつけられた名はただの果物の名前で、おれはそれが嫌だった。それに、”すもも”だなんて、女みたいだし。だからおれは彼女がおれの名前を呼ぶたびに、少し反抗して聞こえないふりをする。そうすると彼女はいつも困ったように笑いながら、おれの頭を乱暴にかき乱すのだ。彼女の指ぬき手袋から伝わる熱は、もちろん指先分しかないのだけど、十分あたたかくて。反抗しているはずなのに、おれはいつもほだされてしまう。


おれはとても体温が低い。それは種族上仕方のないことだ。だから他人を温めることはできなくて、同時に温めてもらうこともできない。やさしかったひとがおれに触れたとたんに冷たくなるのも、おれの肌があまりに冷たいせいだ。なるべく肌を出さぬようにといつも着込むおれと対照的に、彼女はいつも肌を出している。いつか夜闇に紛れてそっと遊びにいった街の、ぴかぴかとひかるショーウインドウの中に飾られていた水着を着たマネキンのようだ。だけれど足はひらひらした布に隠されていて、まるでジュゴンのヒレのようにきれい。布のつなぎ目からのぞくすらりとした足には燃え盛る炎のような模様が刻まれていて、彼女によく似合う、と思う。彼女はまさに、この炎のようにあたたかなひとだから。おれに臆することなく触れてくれる指先も、おれを気遣ってくれるその心も、ぽかぽかしていてとても心地がいい。彼女はあたたかいから、きっと触れたひともあたたかくしてしまうのだろう。おれはまったくの逆なのが、少しだけかなしかった。


散々くしゃくしゃにされた頭を撫でつけながら、おれは歩き出す彼女の背を追う。おれよりも高い位置にあるから、自然と顎が少し上向きになってしまう。いつか追い抜かせる日はくるのだろうか。夕日がおれたちを橙色に染め上げているのをぼんやりと感じながら、くだらないことを考える。おれが彼女よりも小さいから、きっと彼女はおれをいつまでもこどもあつかいするのだ。ほだされている、のは事実だけれど、おれだって男なんだから、いつまでもかわいいぼっちゃんではいられない。今は見えない彼女のつむじが見下ろせるくらいまでには大きくなりたいと思う。今は広いと感じるその背が、狭いと感じるようになりたいと思う。夕日がおれたちの影を遠く遠くへ伸ばしていく。影では、おれのほうが大きい。なんて考えてしまうあたりもこどもっぽいのだろうか。少し笑って、彼女の影を踏む。影を踏んだところで彼女と入れ替われもしないのだけれど、止まってくれたら、なんて。瞬間、やさしくて生ぬるい風が吹いて、彼女の短くさっぱりとした髪を揺らした。彼女の橙色が、夕日の橙色と合わさってより濃くみえて、美しさに息をのむ。

彼女の歩みが止まった。つられておれも止まった。ゆるりとこちらに向けられた顔は逆行でよく見えなかったけれど、いつも伏せられている細い目が開いてやさしくおれを見ているような気がして、とくりと心臓が鳴る。ねえ、いまおれ、あんたより影が長いんだ。あんたより大きいんだよ。そういったらきっと、彼女はまた困ったように笑うのだろう。そうしたらどうかきっと、いつものようにその夕日のようにあたたかな指先で、おれの頭をかき乱してほしい。そうして、夕日のようなあたたかな橙色に、冷たいおれの心も体も、染めていってくれよ。

一年ぶり近い更新がこれってどうなんだ?????????

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